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うたかた歌【RADWIMPS】歌詞の意味を考察!「うたかた歌」のメッセージとは?

今回は2021年8月6日に配信リリースされた「うたかた歌」の歌詞考察をしていきます。

松竹映画100周年記念作品となった映画『キネマの神様』の主題歌となった「うたかた歌」はヴォーカル・ギター担当の野田洋次郎さんが作詞作曲を手掛けました。

同映画の主演・菅田将暉さんと野田洋次郎さんがヴォーカルを務める本楽曲の歌詞の考察を始めていきましょう。

うたかた歌 歌詞考察

青春時代の回顧

夢中になってのめり込んだ ものがそういやあったよな
眠るのも飯を食うのも忘れ 明けても暮れても

ただ追いかけた 先なんか見えずとも
むしろ見えなくて 余計に追いかけていった

年齢を重ねた主人公が思い出を回顧し、昔の自分自身に語りかけているような歌詞になっています。

まだ若く、夢があった主人公。寝食も忘れ、後先も考えず無鉄砲にその夢を追いかけて頑張っていた日々がかつてあった、と思い出しています。

ここは映画『キネマの神様』の若き日のゴウ(菅田将暉)と親友のテラシン(野田洋次郎)の二人が映画に夢中になっている様子が描かれています。

そんな道のど真ん中で 君は僕にぶつかった
それが君の運の尽き そして僕の運のすべてで

一度も眼を見て 言えたことないけど
僕の何分の一でも 君は幸せでいたのかい

ここでの登場人物は主人公の「僕」と「君」です。

夢を追いかけていた若い頃に「僕」と「君」は出会います。

しかし「君」は幸せな人生だったのかは、面と向かって尋ねなかったので

わからないままです。

「運の尽き」「幸せでいたのかい」というフレーズから、二人の出会いは本当に良いものだったのだろうか?という後悔の念が垣間見られます。

夢を追い求め、無鉄砲に突き進んだであろう「僕」と一緒にいて「君」は苦労や悲しいことが絶えなかったのではないか、と推測されます。

映画の登場人物に当てはめると「僕」はゴウで「君」はゴウの妻・淑子のことを指しているようです。

走るにはどうやら命は長すぎて
悔やむにはどうやら命は短すぎて

諦めるにはどうやら命は長すぎて
分かるにはどうやら命は短すぎる

ここでは主人公の心の葛藤が見られます。

夢を追いかけ全力疾走すれば人生は長く途中で息切れをしてしまいそうです。

とはいうものの、夢を諦めてしまえば宙ぶらりんの人生をただダラダラと無為に生きていくことになります。

主人公にとって後悔することや物事の分別をつける様になるには、人生はあまりにも短いと感じる程自身の未熟さやそれ故の後悔を痛感しているのではないでしょうか。

辛い現実と慰め

ねぇやりきれない夜だけ 君を思い出してもいいかい
君の手垢だらけのこの記憶だけど ねぇ僕のものでしょう?

いつもは忘れている「君」のことを「やりきれない夜だけ」は思い出してもいいかと尋ねる主人公。

恐らく主人公には「やりきれない夜」、つまり多くの失敗や後悔で辛く残念な気持ちに押しつぶされそうになる夜が時折あるのでしょう

昼間はその様な感情をしまい込んで過ごしていても、ふと夜になると感情がこみ上げてきたりするものですよね。

主人公の「記憶」は「君」の思い出で溢れていて、「僕」と「君」が共に濃厚な時間を過ごしてきたことが伺えます。その大事な思い出で自身を慰めたいのです。

うまく笑えているかな 鏡の前たしかめるけど
お前さんなんて情けない 顔してんだよ
笑うどころか 危うく涙しそうで うつむくんだ

ここでは笑うどころか、寧ろ泣きそうな顔になっている表情が鏡に映し出されています。

主人公の現状はうっかり泣きそうになる程良いものではなく、辛い日々を送っているのでしょうか。

そんな厳しい状態に只中で、無理やりにでも笑顔を作って生きているのでしょう。

人前で作り笑いをして取り繕っていても、一人鏡の前に立つと自然と本音が表情に表れてしまうものです。

過酷な環境と温かい笑顔

夢も歌も賽の目も いつも僕には冷たくて
まるで暖をとるかの ようにから笑いを繰り返す

そんな日々だけど 君のその笑顔は
僕を温めた 身体の芯から優しく

ここは映画のストーリーと映画の制作者たちや取り巻く環境の両方が表わされている部分ではないかと感じました。

2020年3月1日にクランクインし、コロナ渦での長期中断を経て漸く上映までこぎ着けた映画『キネマの神様』ですが、作中でも若き日のゴウとテラシンは共に映画作りに夢中になり困難に直面し中断しますが、長い年月を経て再び映画を作っていくことになります。

映画を作ることが非常に困難な状況でも「笑顔」で時には「から笑い」で励まし合って乗り切ってきたのではないかと感じられる箇所ですね。

何回か先の世でまた逢うかな
その時ぶきっちょな顔はよしてよ

年齢を重ね、もう若くはない主人公は来世での親友との再会を望んでいるようです。

もしもまた会えたら昔のまま飾らない、変わらない態度で接して欲しいのです。

「ぶきっちょ」と独特の言葉選びで上手く「顔」を形容していますね。

僕はまた一から君に恋を
どう逆らってもしてしまうだろう

そしたら人生またぎで特大の
いつもの憎まれ口を聞かせて

そして「僕」=ゴウは「君」=妻・淑子との再会も望んでいるようです。

「また一から」「どう逆らっても」というフレーズから、来世で再会したら、やはり同じように「君」を選び好きになってしまう程に、「僕」は「君」を心から愛していたし現在も愛しているということなのでしょう。

「僕」の一途な面がよく表れている部分ですね。

走るにはどうやら命は長すぎて
悔やむにはどうやら命は短すぎて

諦めるにはどうやら命は長すぎて
悟るにはどうやら命は短すぎる

こちらは繰り返しになっていますが、1番では「分かるには」でしたが、2番では「悟るには」に変わっています。

分別がつけられるようになるだけでなく、悟りの境地に至る様になるにも時間がかかりそうです。

うまく笑えているかな 鏡の前たしかめるけど
「お前さん 顔をあげなよ 無理してでもさ
似合わないだろう お前に涙なんかは」
どこからともなくあの 人懐っこい声が

聞こえるだろう

冒頭からラストまで一貫して親しい人に語りかける、まるで映画の台詞の様な歌詞ですが、この部分では鍵括弧つきでまさに台詞になっています。

主人公は鏡の前で笑顔を上手く作れず泣き顔になりかけているのでしょう。

いつも笑顔だった若い頃の様に、「無理してでも」「顔をあげ」るように親友の「声」がします。

主人公をよく知る親友故に「お前に涙なんかは」「似合わないだろう」と表現されています。それだけ好きなことに夢中になり、いつも笑顔幸福な日々を過ごしていたのが見て取れます。

さいごに

タイトル「うたかた歌」の「うたかた」とは、”水面に浮かぶ泡”、”はかなく消えやすいもののたとえ”といった意味があります。

若い頃の幸せな思い出も時間の経過と共にはかなく泡の様に消えていくものです。それでも時折ふとした時に素敵な思い出の”泡”が表れては消え、また表れては消えていく様がイメージされます。

思い出だけでなく、人の命もいつかは消えてなくなってしまうもので、”はかない”ものです。”はかない”からこそ大切にしたい、そんなメッセージが込められている楽曲だと感じます。

菅田将暉さんをフィーチャーしたツインヴォーカルとなった本楽曲「うたかた歌」。音楽活動だけでなく俳優としても活躍する野田洋次郎率いるRADWIMPSの今後の楽曲にも目が離せません。

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