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天使と悪魔【SEKAI NO OWARI】の歌詞を考察!「正義」に真っ向からメスを入れた名曲の意味とは?

2010年に発表された、SEKAI NO OWARIのインディーズ2作品目のシングル『天使と悪魔』。

「正義」「悪」をテーマにした『天使と悪魔』は、SEKAI NO OWARIの哲学観、社会問題に一気にメスを入れた楽曲として、一躍SEKAI NO OWARIを有名にしました。

当初、事務所のスタッフから「恋愛の曲を書いてください」と言われたFukase。

しかし『天使と悪魔』は恋愛の曲にはならず、善と悪についての深いメッセージ性を持つ楽曲になってしまったというエピソードがあります。

その代わりに同じCDに『ファンタジー』という恋愛ソングが収録されました。

最近では、大人気バンド・リーガルリリーによってもカバーされ、再注目されています。

恋愛ソングから一気に善悪を問うた楽曲へと変貌を遂げた『天使と悪魔』。

一体どんな歌詞なのでしょうか?考察していきます!

『天使と悪魔』歌詞考察

違う世界線で生きる人の「善」と「悪」

「いじめは正義だから 悪をこらしめているんだぞ」
そんな風に子供に教えたのは 僕らなんだよ

いじめは「悪」と普段捉えている私たち。

しかし、「悪の世界」を良しとしている人にとって、「いじめ」は「悪」ではありません。

「善」と「悪」の二つの世界、真っ二つにしてしまったがゆえに、生まれてしまった認識の違いを問われている冒頭です。

「いじめは正義だから悪をこらしめているんだぞ」—。もちろん「いじめ」は絶対に起きてはならないことです。

しかし、違う世界線に住んでいる人にとっての考え方を、ばっさりと「間違っている」と決めつけてしまうのは、少し怖いことだと感じてしまう歌詞です。

正しかったら、倒していいのか?

大人VS大人の正解・不正解のバトル
TVで子供らに教える「ダレが“間違って“るか」
正義のヒーローは悪党を倒すものだと
子供はTVをみて思う「悪は滅ぼさなきゃね」

テレビや多くのメディアでは、「『間違っている人』を正すことが正義」だと捉えられていることが多いです。

たとえば勧善懲悪のヒーローものもその一つかもしれません。

しかし、SEKAI NO OWARIが問うているのは、正しい人が本当に悪を滅ぼして良いのか?ということ。

自分の世界観・正義感だけで、「間違っている人」を倒してしまっては、結局正義も「悪」を持ちかねないという恐怖があるのです。

正義は戦う必要があるのか

もし僕が正しくて君らが間違いなら
僕らは戦う運命にあるの?
僕らはいつも「答」で戦うけど
2つあって初めて「答」なんだよ

「もし僕が正しくて君らが間違いなら 僕らは戦う運命にあるの?」—。

正しいことは素晴らしいことかもしれません。多くの人を幸せにする概念の一つです。

だからと言って、「正しい人」が「間違っている人」を負かす必要があるのでしょうか?

一人ひとりが持っている「正しい」と「悪い」は、必ず一緒とは限りません。

それぞれの違い=「2つ」をそれぞれ表示しあうところから、何かが始まっていく。

そんな問題提起を含んだ歌詞です。

天使でも悪魔でもない私たち

悪魔と天使の世界で あちらが正しいとか
こちらが間違ってるとか解らないんだ
「悪魔と天使」 僕らがどちらなのかなんてさ
解るはずもなければ解りたくもない

悪魔の世界は悪魔の世界で、天使の世界は天使の世界で、それぞれの「善悪」があるのでしょう。

どちらが正しいのかなんて、誰にも分かりません。

自分は天使=正しい人だと思っていても、相手にとっては悪魔=間違っている、そんな方程式も生まれかねません。

「僕らがどちらなのかなんて解るはずもなければ解りたくもない」という歌詞からは、善悪の概念をめぐる戦いから降参する美しい諦念が見えます。

大多数=正義?

正義が支配する最悪な世界ではマジョリティーこそが
「正しい」とみんな「間違える」!?

「正義」を生み出した 神様 聞こえていますか
あんなものを生み出したから みんな争うんだよ

万が一、「正義の世界」が存在するならば、多数決の意見が「善」とされるのでしょう。

それに対して「違う!」と言っているのがここの歌詞です。

そもそも、正義という概念があるから「悪」が生じているのでしょうか?

「神様聞こえていますか?」という呼びかけは、心からの叫びのようです。

「悪」は誰でも自分の中に

戦うべき「悪」は自分の中にいるんだと
「世界」のせいにしちゃダメだと僕はそう思ったんだ

自分の外部にあると思っていた「悪」。

しかしここでは、「自分の中にいるんだ」と綴られます。

何かを良くしていこう、とか、何かを倒そうという行動は、どれも人の心の中から。

世界に悪があるのではなく、各人の心の中に存在していることを思い起こされる歌詞です。

自分=世界だからこそ

何かを変えるってことは自分自身を変えるということと
ほとんど同じなんだよ
「僕ら」が変わるってことは「世界」を変えるということと
ほとんど同じなんだよ

「悪」が自分の心の中にいるならば、それを真剣に見つめることが世界を変える一歩になります。

いつまでも誰かや他のせいにしていては変わらない。

そんな強いメッセージ性のある歌詞です。

「正しい」「悪い」のパンドラの箱を開けてみる

悪魔と天使の世界でこちらが正しいとか
あちらが間違ってるとか解らないんだ
「賛成」と「反対」の間に「答」が生まれればいい
正しさを主張するだけじゃ「答」じゃないんだ

実際のところ、何が正しく、何が悪いのか、何が「善」で、何が「悪」なのか、真実は分かりません。答えはどこにもないのです。

「賛成」という人、「反対」という人の心の中をつまびらかに開いてみてみることが大事なのでは?と訴えかけています。

「自分は当然当たっている」と主張するだけでは、本当にみんなにとっての「善」は分からなくなってしまうのでしょう。

今もなお問い続ける

否定を否定するという僕の最大の矛盾は
僕の言葉 全てデタラメだってことになんのかな?

どんな最後で締めくくられるのかと思いきや、深瀬の沈思の言葉が飾られます。

”善悪を決めつけてはいけないのだ””正義は悪を倒しかねない”というメッセージを投げかけること自体が、強い主張になってるのではないか…という迷いにも感じられます。

深瀬自身は、『天使と悪魔』の歌詞に対して、このような迷いを提示していますが、筆者は、そのようにいつも問うこと自体が大事なのではないか?と個人的に思います。

リスナーにも壮大な問いを残す最後は、とてもSEKAI NO OWARIらしいです。

おわりに

いかがでしたか?

善悪や正義について問うている『天使と悪魔』、鋭いメッセージに対してどんな思いを持つか考えるきっかけになる楽曲です。

哲学が好きな人にもぜひ聴いてほしい一曲です。

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