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ただ君に晴れ【ヨルシカ】歌詞の意味を考察!夏を感じる青春ソング

2018年に発売されたヨルシカの2ndミニアルバム『負け犬にアンコールはいらない』に収録された楽曲、「ただ君に晴れ」。

文学的な歌詞と、キャッチーかつストリーミングの再生事情に配慮した、緻密な計算がうかがえる作品です。

2020年にYouTube、ストリーミングサービスでそれぞれ総再生数が1億回を突破し、話題となりました。

作品を主役にしたいとの思いから年齢や顔を一切明かしていないヨルシカのミステリアスさも相まって、人気を得ているようです。

今回は、そんな「ただ君に晴れ」の歌詞を読み解いていきます。

ただ君に晴れ 歌詞考察

佇んでいる中で、過去の自分と「君」が浮かんでくる

夜に浮かんでいた
海月のような月が爆ぜた
バス停の背を覗けば
あの夏の君が頭にいる
だけ

まずは、歌いだし。

「海月」という漢字は、くらげと読みます。

クラゲがゆらゆら浮かぶようなイメージが湧く歌いだしは、夜の海に浮かぶ月を連想させますね。

海沿いにバス停があるのでしょう、この曲の主人公は「君」と過去に海に浮かぶ月を見たのかもしれません。

現在の主人公が、海に浮かぶ月を見て「君」を思い浮かべている情景が描き出されます。

世界観が少しずつ確立されていく

鳥居 乾いた雲 夏の匂いが頬を撫でる
大人になるまでほら、背伸びしたままで
遊び疲れたらバス停裏で空でも見よう
じきに夏が暮れても
きっときっと覚えてるから

歌いだしから、思い出が広がっているのがわかる歌詞ですね。

「君」と過ごした思い出の多くは夏の記憶で、「大人になるまでほら」という歌詞から、学生時代ごろの記憶であることが明らかになります。

バスを待つ時間というのは、誰かと一緒だと会話が盛り上がるもの。

その時は何でもない時間でも、後から思い起こすと楽しかった時間として思い出すものなのかもしれません。

「夏が暮れても」という歌詞は、季節の移ろいだけではなく、「僕」と「君」の関係性の変化も伺わせます。

記憶の中の「君」は、まだ青春時代のままなのです。

「君」に追いつけないまま今まで来た

追いつけないまま大人になって
君のポケットに夜が咲く
口に出せないなら僕は一人だ
それでいいからもう諦めてる
だけ

サビに入ると、主人公「僕」は「君」にあこがれていて、現在にかけて一生懸命追いかけてきたことが伝わってきます。

それを口に出せないのは照れなのか、一人でいるからなのか。

一人で追いかけても追いつけないことに、諦めのような気持があるのでしょう。

歌いだしでも登場した「だけ」は、「そんな状況ですけど、何か?」というようなリスナーへの問いかけのように感じられます。

記憶と正面から向き合う

夏日 乾いた雲 山桜桃梅 錆びた標識
記憶の中はいつも夏の匂いがする
写真なんて紙切れだ
思い出なんてただの塵だ
それがわからないから、口を噤んだまま
絶えず君のいこふ 記憶に夏野の石一つ

2番に入り、現在の「僕」の情景が少しだけ描かれます。

夏日(最高気温25度以上の日)という言葉や「山桜桃梅(ユスラウメ。3月下旬から4月初旬にかけて咲く花)」という歌詞から、夏が近づいてきている日々を実感している状態なのでしょう。

サビで登場した一人で口を開かない行為が、ここでも登場。

ここでは「思い出なんて大して重要じゃない」というある意味極端な考え方に対して、納得しきれていない「僕」の心境を表していると言えそうです。

「絶えず君のいこふ…」は、正岡子規の句「絶えず人いこふ夏野の石一つ」からのオマージュ。

「5月頃の新緑の季節に、多くの人が腰を下ろす石がある」といった意味で、広がる緑の中にぽつんとたたずむ石の描写が、美しい景色を想起させます。

「僕」の記憶の中にある「君」にも、よく一緒に休む場所があったのかもしれません。

過去を思い出しつつ、今を前向きに生きる

俯いたまま大人になって
追いつけない ただ君に晴れ
口に出せないまま坂を上った
僕らの影に夜が咲いていく
俯いたまま大人になった
君が思うまま手を叩け
陽の落ちる坂道を上って
僕らの影は
追いつけないまま大人になって
君のポケットに夜が咲く
口に出せなくても僕ら一つだ
それでいいだろ、もう
君の想い出を噛み締めてるだけ

「君」との思い出にしがみついてきた「僕」。

大人になっても、「君」との思い出は変わっていませんでした。

やはり思いを口には出せぬまま、二人の希薄になってしまった関係を思います。

記憶を引きずっていることに、後ろめたさもあるのでしょう。

その記憶から脱して、新しい自分へ変わっていきたい思いも感じられます。

そんなことを考えているとき、一つの思いが浮かんだのかもしれません。

過去の記憶を引きずっている「僕」を見て、「君」は笑ってしまうかもしれない。

結局のところ、「僕」は「君」に追いつくことはできないし、引きずっている限り状況が変わることもないだろう。

記憶の中では、「僕」と「君」はいつも一緒。

それでいいじゃないか、楽しかった日々を思い出すことは、何も悪いことじゃない。

そんな心の切り替えができたところで、歌は終わります。

さいごに

ヨルシカの「ただ君に晴れ」の歌詞を考察してきました。

正岡子規の俳句をオマージュするなど、歌詞の文学性を重んじつつ、多くの人々に共感を生みやすい情景の浮かぶ歌詞作りが印象的でした。

過去の記憶というのは、向き合い方次第で励ましにも、重荷にもなります。

歌詞の「僕」は記憶との向き合い方に悩みながらも、最後には納得のいく答えを出して前向きになれたように感じました。

大切な人との思い出を思い出す時に、この歌が流れてきそうです。