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老人と海【ヨルシカ】歌詞の意味を考察!靴紐が解けた先に何がある?

ヨルシカの「老人と海」は2021年8月に配信リリースされたデジタルシングル。

アーネスト・ヘミングウェイの短編小説「老人と海」をモチーフに書き下ろされました。

株式会社バニッシュ・スタンダードの店舗スタッフDXアプリ「STAFF START」のCMソングに起用されたタイアップソングです。

映像作家・大野敏嗣さん(COLORS)やアニメーションチーム・Team Rotoscope(チームロトスコープ)などが手がけたインスパイア映像(ショートムービー)も公開されています。

「又三郎」に続いて小説をオマージュした楽曲ということで、小説と楽曲はどのような関係になっているのでしょうか。

ギターのn-buna(ナブナ)さんが作詞・作曲・編曲した「老人と海」の歌詞の意味を考察します。

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老人と海 歌詞考察!

小説と楽曲の関係性

靴紐が解けてる 木漏れ日は足を舐む
息を吸う音だけ聞こえてる
貴方は今立ち上がる 古びた椅子の上から
柔らかい麻の匂いがする

小説「老人と海」の主な登場人物は漁師の老人サンチャゴ助手の少年マノーリンで、2人ともキューバのメキシコ湾沿いの漁村で暮らしています。

楽曲「老人と海」の登場人物は、主人公の「僕」と「貴方」の2人です。

基本的には「僕」が少年、「貴方」が老人と考えられますが、「靴紐」は小説には出てこないので、楽曲独自の物語になっている可能性もあります。

たとえば「僕」と「貴方」は友だち、恋人、ボーカルのsuis(スイ)さんとn-bunaさんのような相棒、弟子と師匠など。

いずれにしても静かな部屋で、「僕」が「貴方」を見つめています。

小説のアフターストーリーと仮定すると、「老人が1人で遠出し、カジキと3日におよぶ死闘を繰り広げた後、少年が老人の小屋を訪れると、老人はようやく目を覚ました」とも考えられます。

「解けた靴紐」は「老人が海の上で送り出し続けたロープ」(麻紐?)のイメージを重ねているのかもしれません。

遥か遠くへ まだ遠くへ
僕らは身体も脱ぎ去って
まだ遠くへ 雲も越えてまだ向こうへ
風に乗って
僕の想像力という重力の向こうへ
まだ遠くへ まだ遠くへ
海の方へ

休みの日に2人で部屋から海へ行こうとしている点に着目すると、「小説を読むまえの2人が、小説にたどり着くまでの道のりを示している」とも考えられます。

あるいは「今度は2人で遠出して、見たこともないほど大きなカジキを仕留めよう」という少年の野望なのかもしれません。

大切なのはどこまでも自由に想像を膨らませることでしょうか。

靴紐は何の象徴?

靴紐が解けてる 蛇みたいに跳ね遊ぶ
貴方の靴が気になる
僕らは今歩き出す 潮風は肌を舐む
手を引かれるままの道

楽曲のみに繰り返し登場する「靴紐」は、ヨルシカ流オマージュのキーワード。

どっぷり小説に寄り添うと、老いた「貴方」は「靴紐」を結ぶことすら気が回らないほど疲れているので、「どうにか力になりたい」と心配する少年の姿が目に浮かびます。

小説という「重力」を飛び越えるなら、「靴紐が結ばれている」のは「固定観念にとらわれた状態」、「靴紐が解けている」のは「何ものにもとらわれず、自由な状態」でしょうか。

「僕=ヨルシカ」と「貴方=リスナー」で、解けた「靴紐」を「蛇」(ロープ)に見立てるくらい自由に遊ぼうという意味かもしれません。

さぁまだ遠くへ まだ遠くへ
僕らはただの風になって
まだ遠くへ 雲も越えてまだ向こうへ
風に乗って 僕ら想像力という縛りを抜け出して
まだ遠くへ まだ遠くへ 海の方へ

想像力」さえ「重力」であり「縛り」、つまり「靴紐」であると釘を刺されました。

小説をもとに、あるいは小説から離れてみても、想像を膨らませるだけではまだ何かが足りないようです。

もしかしたらカンフー映画「燃えよドラゴン」で、師匠役のブルース・リーが弟子に向かって放った名台詞「考えるな、感じろ」的な話でしょうか。

そう促されて風になってみると、小説の海に飛ばされ、ぞわっとするかもしれません。

老人が見る夢の中へ

靴紐が解けてる 僕はついにしゃがみ込む
鳥の鳴く声だけ聞こえてる
肩をそっと叩かれてようやく僕は気が付く
海がもう目の先にある

解けていたのは「貴方の靴紐」なのか、「僕の靴紐」なのか、はたまた少年の未来の姿が老人なのか、老人の過去が少年だったのか、よくわからなくなってきました。

立ちくらむほど混乱したところで、そういえば小説にも「」が登場していたと気づき、楽曲では「部屋から海へ歩いていた」と思い出す頃かもしれません。

そろそろ海に近づいたようです。

あぁまだ遠くへ まだ遠くへ
僕らは心だけになって
まだ遠くへ 海も越えてまだ向こうへ
風に乗って 僕の想像力という重力の向こうへ
まだ遠くへ まだ遠くへ
海の方へ

「僕」は自分の「靴紐」が解けていることに気づきながらも放置していて、「貴方の靴紐は大丈夫か」と心配していた可能性もあります。

ずっと気になっていたので、ようやく「僕」自身の「靴紐」を結ぼうとしたら、「貴方」の手が肩に触れたので我に返ったのかもしれません。

あるいは解けていたのはやはり「貴方の靴紐」で、「僕」は「貴方の靴紐」を結ぼうとしてしゃがんだのでしょうか。

また、あれこれ想像してしまったので、今一度「考えるな、感じろ」の風に吹かれましょう。

恐らく「時間と空間」の概念から解き放たれ、時空を飛び越えるイメージです。

僕らは今靴を脱ぐ さざなみは足を舐む
貴方の眼は遠くを見る
ライオンが戯れるアフリカの砂浜は
海のずっと向こうにある

誰の「靴紐」どころの話では収まらず、とうとう2人とも裸足になりました。

そういえば小説には「靴紐」が出てくるわけがなかったのです。

なぜなら漁師は裸足だから。

「貴方」は今ようやく小説の老人と同化し、いつもの「ライオンの夢」を見ました。

部屋から海まで、ヨルシカの楽曲と共に歩くことで、リスナーは小説を体験する入り口に立ったのではないでしょうか。

既に、老人がいつも見ている「ライオンの夢」の中へと入り込んでいる人は、そのまま「遠くへ」いってらっしゃいませ。

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さいごに

ヨルシカの「老人と海」を聴いて、ヘミングウェイの「老人と海」を読みたくなった人も多いでしょう。

ヘミングウェイは1961年に亡くなり、50年後の2011年に「老人と海」の著作権は消滅しました。

著作権が切れた作品中心の電子図書館「青空文庫」では、2015年に「老人と海」の翻訳が公開されています。

楽曲と併せて体験してみてはいかがでしょうか。