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不可逆的な命の肖像【眩暈SIREN】の歌詞を考察!当たり前を疑う楽曲に込められた祈りとは?

福岡県を拠点に活動をしている5人組バンド・眩暈SIREN。

今回はTVアニメ「ビルディバイド -#000000-(コード ブラック)」のエンディングテーマにも起用された『不可逆的な命の肖像』について考察していきます。

メンバーは制作にあたり「大衆の共通認識、常識などに焦点を当て、願いの為に戦う主人公達と王によって統治された世界の対峙を表現しました」とコメントを寄せています。

『不可逆な命の肖像』はメジャー移籍後初のフルアルバム『喪失』に収録され、2021年11月24日にリリースされました。眩暈SIRENの新境地が見られるアルバム、とても楽しみですね!

厭世的な感情を描き、生き方や自己への徹底的な対峙を綴る稀有なバンド・眩暈SIREN。

そんな彼らが書き下ろした新しい哲学的世界観に基づいた『不可逆な命の肖像』について考察していきます!

『不可逆的な命の肖像』歌詞考察

世界への疑念

事象と証明が明け渡された未来に嘘は潜って
壊されないように世界を隠蔽した
流転する構想 次第に

私たちは普段の世界を信じ切って生活していますが、本当に世界は「正しい」のでしょうか?

眩暈SIRENが打ち出すのは、嘘がまぎれている世界への疑い。

「正しい」とされる世界への懐疑や疑問が潜んでいる冒頭です。

それでもどんどん進んでいく世界に、戸惑う主人公。

止まらない世界の動きに戸惑いながらも、疑念を残しています。

深い闇に堕ちる

躊躇わず堕ちていっては
底でまた葛藤と向き合って
血溜まりの中で最後に
立っていられるならそれで…

疑ったり、裏切られたり、悲しみを経験した人は、知らぬ間に深い闇の底に堕ちていきます。

遭遇してしまった悲しみの中で、さらなる葛藤にもぶつかり、「生」に伴う深遠な辛さを歌っています。

”血溜まり”と表現されるのは、そうした悲しみや苦しみが溜まった心の中のことでしょう。

そんな心を持ち合わせながらも、立っていられることを祈る心情が綴られます。

自由は造り物

見渡しても 誰も気付いて無い
自由が造り物だって
諦めきれず探している
確率を支配できる賽を

眩暈SIRENは「誰も気付かないこと」に対していつも鋭い視線を持っています。

今回は”自由が造り物”という皆が気付いていない事実に気付き、それに真摯に対峙します。

たとえば私たちが普通に食事したり、教育を受けたり、家族を作ったりという様々な営みだって、実は多くの歴史や法律によって造られたものと言っても過言ではありません。

自由という檻の中で生きる窮屈感を抱いているのでしょう。

その檻を出られるよう模索しています。

「賽」とはサイコロのこと。

神様によって振られたサイコロの結果で生かされていることへ、疑念の視線を向けています。

見慣れた景色すら疑って

突き付けられた景色は
どんな色に染まっている?
マトモではいられない?
はなから歪に象っていた

”突き付けられた景色”という言葉は、誰かによって操作されているような「受動」という印象を受けます。

少なくとも眩暈SIRENは、普段の景色すらも「誰かによって造られたもの」と認識しているのかもしれません。

”はなから歪に象っていた”という歌詞からは、主人公が普段の景色すら何かが「変」で「異常」なのだと認識していることが分かります。

汚れた世界を脱して

暗号化された感動を解いても
少しも満たされないから
汚れたままで此処に居てはいけないよ
再構築して

誰かに計画され構築された世界を生きるのは、非常に危険なことだと主人公は思っています。

それは”暗号化された感動”という歌詞からも分かるでしょう。

誰にも強制されない「自然な世界」に生きることこそ、本当の生き方なのだという主張も垣間見れます。

私たちは神や他人に構築された偽物の世界を脱し、自分自身が構築した世界を生きなくてはならないのでしょう。

本当の「命」を生きていく

今日という日の普遍性と
不可逆的な命を浪費しよう
記念すべき終わりの時まで
僕等だけを見ていてくれるか

・「普遍性」とは「すべてのものに通じる性質」
・「不可逆」とは「その状態に変化したら、もうもとの状態に戻らないこと」

つまり、当たり前に過ぎていく毎日と、もとに戻ることなく死に向かっていく命の大切さをここでは説いています。

このような根本的なことを忘れてしまうと、私たちは日々と命をあっという間に無駄に消費してしまいます。もう決して戻らない日々と命への畏怖を感じる歌詞です。

そして「命が果てる最後の日に自身を祝うことができるか?」と私たちに提示します。

一瞬の瞬きに奪われる

小節の数秒に 視界
何もかも奪われて
自尊と弁明が世界を隠蔽した
流転する構想 次第に

時間は進んでいきます。なんてことのないような瞬間ですら、主人公の視界つまり思いや考えを奪っていきます。時間はそんな作用を持っているのは確かです。

・「自尊」とは「自分で自分をえらいと思いこむこと」
・「弁明」とは「物事の是非が明らかになること」

自分自身の正当性と、つまびらかになる事実が、世界そのものを隠蔽し、「事実」はどんどん闇の中に葬られます。

それを憂う主人公の姿が浮かびます。

この世に対する退廃感

見渡しても 誰も気付いて無い
愛など腐るものだって
諦めきれず探している
永遠を支配できる術を

”愛など腐るもの”

これはこの楽曲の主人公がずっと持っている思想の一つで、誰もが信じているものへの虚無感や退廃感と言っても過言ではないでしょう。

「どうせ無くなってしまう」にもかかわらず、人々は愛や希望、永遠の命を求めて奔走します。

そんな人間存在を思って、主人公は退廃的な気持ちに陥っているのだと思います。

当たり前の景色を疑う

突き付けられた景色は
どんな色に染まっている?
マトモではいられない?
はなから歪に象っていた

再びの疑問が主人公の中に生じます。

”突き付けられた景色はどんな色に染まっている?”

みんなが当然だと思ってやまない景色を何度も疑い、はなから「本物」だと思わない主人公の懐疑心が貫かれています。

誰かに仕組まれていない世界へ

暗号化された感動を解いても
少しも満たされないから
汚れたままで此処に居てはいけないよ

ここでも再びの誓いが綴られます。

”暗号化された感動”とはつまり、誰かによって仕組まれ造られた世界で生きることへの嫌悪感が描かれています。

誰でもない自分自身が造りだした「自然の世界」で満たされることを求める主人公の純粋な姿がここに映し出されています。

ビターエンドでも

結末(エンディング)は
取り上げられてしまった
燃え落ちる記録の
君の鮮明さで思考が爛れる
すぐに壊れて壊れて
溺れるほど愛しくても
潰れるほど求めても
その言葉を決して信じたりはしないよ
再構築して

”結末は取り上げられてしまった”

すなわち、誰かによって構築された世界で生きざるを得ない・死を迎えざるを得ない悲しみが綴られます。

どれだけ抗っても、世界に打ち勝てることはないでしょう。

しかし、主人公が何度も何度も自分の世界を再構築することで、新しい世界が再誕生するかもしれない可能性も秘められたラストです。

容易に「希望」を見出せないビターエンドな歌詞ですが、現実をかなり忠実に見据えた厳しい歌詞に、身震いすら覚えるような真剣な歌詞ではないでしょうか。

おわりに

いかがでしたか?

眩暈SIRENのコメント通り「大衆の共通認識、常識などに焦点を当て、願いの為に戦う主人公達と王によって統治された世界の対峙」が表現された歌詞。

当たり前の事実を疑い、不可逆な命への畏怖を忘れない、現代に重要な楽曲だと感じます。

ぜひ新しいアルバム『喪失』を買って聴いてほしい楽曲です!

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