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八月の陽炎【マカロニえんぴつ】歌詞の意味を考察!青春時代の夏の感傷を堪能する!

今回は2021年5月28日にリリースされたデジタルシングル「八月の陽炎」の歌詞考察をしていきます。

大正製薬『コパトーン』CMソングになった「八月の陽炎」は、作詞・作曲をヴォーカル・ギターのはっとりさんが手掛けました。

では早速歌詞の考察を始めていきましょう!

八月の陽炎 歌詞考察

幻のような愛

言葉はファッションではないからさ
飾れど重ねど、どうも上手くキまらないもんだな
正しさと間違いのあいだに 悲しさと勘違いの愛に
何度も折り合いをつけてきた
待った無しの人生でいつも待ち合わせて
少しの居場所を分け合った
運命は作り話と言った彼女が女神にみえた八月の陽炎

歌詞の中の登場人物は主人公の「僕」と同一人物か、それぞれ別の人物かは現時点では不明ですが「彼女/あなた/君/あの人」です。

冒頭、言葉のありようを「ファッション」になぞらえて、「飾れど重ねど」「上手くキまらない」などのフレーズがたたみ掛けられています。

言葉で何かを表現したり、説得したりする時、ただ闇雲に言葉を重ねても、また、様々な形容詞を使ってみても上手くいかないことがあります。

MVでは、はっとりさんが重ね着していた衣装(上着)を一枚一枚脱ぎ捨てていくのと、歌詞の「飾れど重ねど」がシンクロしており、冒頭から興味深い映像となっています。

次に「あいだに」と「愛に」を並べ、はっとりさんお得意の言葉遊びが見られます。

冒頭の言葉というのは、女性に対する「愛」の告白だったのでしょうか。

しかし、その「愛」というのも「悲しさと勘違い」と表現されていますので、告白をしてもフラれたり、本当にその女性のことを「愛」していた訳ではなかった、ということなのでしょう。

その様な「愛」に対して主人公は複数回、自らを納得させてきたようです。

「待ったなしの人生」とありますが、人生は刻一刻進んで止まることはありません。せわしなく過ぎていく人生の時間のひと時を「彼女」と待ち合わせ過ごしたのでしょう。

その「彼女」は、「運命は作り話」と主人公に言っています。つまり「運命」など信じていないという考えの持ち主だということです。そして、そんな「彼女」のことを主人公は「女神」のように見えたのですが、これも「勘違い」だったのです。

その後、タイトルである「八月の陽炎」という言葉が出てきます。

季節がだということがわかります。

タイトルにも使われている「陽炎(かげろう)」という言葉は、広辞苑によると”春のうららかな日に、野原などにちらちらと立ちのぼる気”とあり、また、”はかないもの、ほのかなもの、あるかなきかに見えるもの、などを形容するのにも用いる”と定義されています。

陽炎」自体はに見られるもので、夏ではありません。ですが、タイトルでは「八月」とありますので、実際はありえないもの、つまりという解釈が出来そうです。

主人公にとって、失恋や勘違いの「愛」も全てはひと夏の儚い幻のようなものだった、と言えるでしょう。

失恋と感謝

言葉は壁やガラスであってほしくはないのに
想いを伝えた代償はいつも割れた孤独なんです
正しさをおしえてくれたのは間違えて出会ったあなただった
いつもそうだった
分かっていないふりで じつは知ってたんだ
少しの居場所を譲ってくれてありがとう

ここでは、言葉を「壁やガラス」になぞらえて表現しています。

「壁」も「ガラス」も叩けば「割れて」砕けてしまうものですが、言葉はそんな危ういものであって欲しくないと主人公は思っています。

主人公は「想い」を女性に「伝え」ますが、いつも失敗に終わります。告白をしては「割れた孤独」を引き換えに突きつけられるのです。

そして「正しさ」と「間違え」という対比による言葉遊びがここでも見られます。

「あなた」とは間違いで出会ってしまい、正解を教えてくれる存在だったようです。

失恋の後で、主人公は「あなた」が物事を知らないふりをしていたけれど、実は知っていた、ということに気付きます。そして、一緒に過ごしたことに感謝をしています。

最初に「少しの居場所」を分け合い、ここでその「居場所」を譲ってくれたとあるので、「彼女」と「あなた」が同一人物であることがわかります。

サンセットと夏の終わり

サンセット 本当のことは一つだって知りたくないのさ
サンセット あこがれた通り僕は正直に僕を騙してる
茹だるような紫の影、君への想いも無理に冷ました夏
濡れたままのシャツ

このサビ部分では、主人公の本音が語られます。

本当のことは」「知りたくない」と言っており、更に、主人公は「正直に僕を騙している」とたたみ掛けています。

自分で自分を騙す、ということは、進んで「勘違い」の愛やその顛末を受け入れていた、ということのようです。

しかも、自らを騙すことに「あこがれた」とあります。最初から望んでいたようですね。

嘘でも良いから夏に”恋愛のようなもの”をしてみたかった、と解釈できそうです。

暑い八月の夏も、日が沈む時間帯になれば(=「サンセット」)涼しくなります。

茹だるような」日中の暑さ同様の熱い「君への想い」も夕暮れと共に「無理」やりに「冷まし」ている様子ですが、恐らく熱くて汗をかいて濡れたシャツ」はまだそのままのようです。

地平線の向こう 八月の陽炎
きっとずっと十代の自分が居る
見たくない真っ黒のそれに生き先を尋ねてた

ここで、主人公が「十代」であることがわかります。

恋に恋するような年頃といっても良いのではないかと思います。前述した「勘違い」でも良いから恋をしてみたい、と「あこがれ」を抱くのも無理はないでしょう。

そして「見たくない真っ黒のそれに行き先を尋ねてた」とありますが、主人公は「十代」故に、自分の未来がわからず漠然とした不安を抱えている様が見て取れます。また「本当のこと」だけでなく、未来すら直視したくないという心情も伝わってきますね。

サンセット 本当のことは一つだって知りたくないのさ
サンセット あの人みたいに僕は正直に僕を騙してる
茹だるような紫の影、君への想いも無理に冷ました夏
乾いてゆくシャツ

ラストのサビでは、「あこがれた通り」が「あの人みたいに」に変わっています。ここで「彼女/あなた/君」=「あの人」ということがわかります。

既に「彼女/あなた/君/あの人」が”知らないふりをして知っていた”ことを主人公は理解していますが、ここでも「正直に僕を騙している」と言い換えて言及しています。

そして夕暮れ時、時間の経過と共に、汗で「濡れたシャツ」も徐々に「乾いて」いるようです。

さいごに

本楽曲「八月の陽炎」は、MVとも相まって、繊細でセンチメンタルな雰囲気が漂っています。

青春時代の夏は様々な期待に胸がときめくものかと思いますが、同時にほろ苦さも経験するものでもあります。

そんな十代独特の夏の終わりを感じさせる感傷的でノスタルジックな楽曲に仕上がっている「八月の陽炎」。

本楽曲を手掛けたマカロニえんぴつの今後の楽曲にも注目したいですね!

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