椎名林檎さん「鶏と蛇と豚」(読み:とりとへびとぶた、2019年4月)の歌詞と和訳の意味を考察します。
全13曲の6thアルバム「三毒史」(2019年5月)のオープニングを飾る収録曲。
椎名林檎さんが作詞・作曲・編曲・管弦楽編曲を手がけた「鶏と蛇と豚」の歌詞をチェックしましょう。

鶏と蛇と豚 歌詞考察!
愛は知性にしか宿らない

甘い蜜を覚えた。
頬張りながら私はこれが瞬く間に
なくなってしまう事態を危ぶんだ。
自分が全てを平らげるまえに、
あらたなぶんを蓄えて置くべく
口から蜜を溢れさせたまま奔走した。
充分な量を集めて来た上で私は更に貪り続けた。
すると俄かに吐き気を催しついには嘔吐した。
「鶏と蛇と豚」はアルバム「三毒史」の幕開けとして、全体の舞台背景と大前提を伝える役割を担っています。
「三毒」とは、仏教の克服すべき3つの煩悩「貪(とん)・瞋(しん)・癡(ち)」のこと。
「貪欲(とんよく)・瞋恚(しんい・しんに)・愚癡(ぐち)」ともいい、「欲望・怒り・無知」や「貪り(むさぼり)・憎しみ・愚かさ」を表し、象徴する動物「鶏・蛇・豚」がタイトルに用いられました。
イントロは大乗仏教のお経「般若心経」のサンプルから始まります。
続いて、打楽器奏者・高田みどりさんによる鈴(りん)などの鳴り物やバスドラムなどのパーカッション、DJ DAISHIZEN(DJ 大自然)さんによるスクラッチとサウンドエフェクト。
さらにフルートやクラリネットなどの管楽器、バイオリンやチェロなどの弦楽器、鍵盤楽器チェレスタ、鉄琴の一種グロッケンシュピールなどの演奏が重なります。
1分を優に超えてから始まる、オートチューンの効いたボーカルは英語で、「吐くほど甘い蜜を貪る」という「三毒」の「貪=欲望=鶏」が描かれています。

一度は満ち足りた筈が違っていた。
望んだものに有り付いて
なぜこれほど厭わしい思いを
させられるのであろうか。
ここでは「大好きなものをたくさん食べただけなのに、吐くほど不快になるなんておかしい」と腹を立てています。
どうやら「三毒」の「瞋=怒り=蛇」状態に陥ったようです。
中国の思想家・老子の「足るを知る」(知足)という言葉を知らないのでしょうか。
「分相応で満足する」ことを知らないとなると、「癡・無知・豚」も混ざっていると言えるかもしれません。
この言葉には「足るを知る者は富む」(知足者富)という続きがあり、「満足することを知っている人は心が豊かで幸せだ」という意味になります。
しかし「鶏と蛇と豚」の主人公は満足することを知らずに食べすぎたので、心の貧しい不幸せな方向へと突き進む一方です。

はじめは確かに好ましく感ぜられたこの蜜が
まさか毒なのではあるまいか。
私を貶める罠か。
「三毒史」というアルバム全体を1文字に集約するほど直接的な「毒」という言葉も出てきました。
「食べすぎるとお腹が痛くなる」ことを知らないだけでなく、「蜜」を「毒」や「罠」かもしれないと疑うほどの「愚かさ」を露呈しています。
「疑心暗鬼」の「疑心」も仏教の煩悩の1つです。
「具合が悪くなった原因は自分にあるかもしれない」と想像することができないため、被害妄想が始まってしまいました。
このままだと主人公は「毒を盛るという罠」を仕かけたのは誰なのかが気になり、手あたり次第「怒りや憎しみ」の感情を爆発させる恐れがあります。
「愛は知性にしか宿らない」というのは、NHKの音楽番組「SONGS」(2019年6月1日)に出演した際、椎名林檎さんが語った言葉です。
裏返すと、身近な人や自分を愛せないのは「知性」が足りないからだと気づくでしょう。
ネガティブな気分に陥っているときは、誰かのせいではなく、自業自得かもしれないと想像してみる必要がありそうですね。
逆に、必要以上に自分を責めすぎる場合は、他の原因を探る「知性」が求められますが…。
他人を愛する知性を養おう!

誰かに呪われている。
恨みを買うようなことは何もしていない。
なお且つ己の心身の都合なら
己が一番分かっている。
やっぱりおかしい。
「鶏と蛇と豚」の歌詞はモノローグ(独白)です。
いわゆる「心の声」で、口に出した発言ではありません。
椎名林檎さんは煩悩を抱えた人の思いを代弁するように、物語を紡いでいます。
そのおかげでこうして端から第三者の頭の中を覗くと、思わず吹き出してしまうほどおもしろいですね。
何しろ主人公自身が食べすぎただけなのに、その根本原因は華麗にスルーして、「毒、罠、呪い、恨み」とおどろおどろしい妄想ばかりを膨らませています。
ただ、椎名林檎さんがわかりやすく表現してくれているから笑えるだけであって、似たようなことは自分もしているかもしれないと「知性」を働かせる必要があるでしょう。
つまり「自分のことを一番わかっていないのは自分である」という痛烈なアンチテーゼになっていて、今ここで椎名林檎さんに「甘い音楽の蜜」と「言葉の毒」を盛られているのはリスナーなのです。

愛するのは、自分だけ。
目で視て耳で聴いて鼻で嗅いで指で触れて、
そして舌で味わった私の体験こそが、
何にも代え難く尊いのである。
逆に「自分を愛せない人」の場合はまた話が変わってくるので、ここでは「自己中心的な煩悩を抱えた人」に照準を合わせましょう。
出演時間は短いものの、MVでも椎名林檎さんが主人公を演じていて、最後に「三毒」の「鶏・蛇・豚」が椎名林檎さんにひれ伏します。
椎名林檎さん自身がかっこいいので錯覚する恐れもありますが、椎名林檎さん演じる主人公は煩悩まみれで「知性」の欠けた「他人を愛せない人」です。
たしかに「体験は尊い」ものですが、その主体は「私」だけではありません。
この主人公と自分にもどうにか「知性」が備わるといいですね。

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さいごに
児玉裕一監督による「鶏と蛇と豚」のMVには、東京・新宿駅西口地下広場にある「新宿の目」(彫刻家&画家の宮下芳子さんによるパブリックアート)が出てきます。
僧侶役はストロングマシン1号さん(女性ダンサー&副住職ストロングマシン2号さんの父で住職)、「鶏と蛇と豚」の「三毒」役はダンサーのAYA SATOさん。
歌詞の意味を踏まえながら見て、他人を愛する「知性」を磨きたいものですね。